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掲載日:2024年3月5日
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埼玉応援団(コバトン倶楽部)メンバー 和田 竜(わだ りょう)さんからメッセージをいただきました!
和田 竜(わだ りょう)さん
大阪府出身。さいたま市在住。脚本家、小説家。2003年、脚本「忍ぶの城」で第29回城戸賞を受賞。2007年、同作を小説化した「のぼうの城」で作家デビューを果たす。
「のぼうの城」は埼玉県行田市の忍城が舞台。映画化も決定している。
元々は映画監督になりたいと思っていて映画を勉強していたんです。その時に黒澤明監督の「映画監督は脚本を書けなきゃいけないよ」という言葉に出会い、「なるほどな」と思って脚本の勉強をするようになりました。
実は、脚本を書き始めた時には時代物を書くつもりはなかったんですよ。司馬遼太郎や山本周五郎、海音寺潮五郎などの時代小説が好きで、小説の舞台となった史跡をまわっていたんですが、あくまで趣味の範囲。それを脚本に活かそうとは考えていませんでした。
大学卒業後に脚本のコンクールに応募するようになったんですが、最初は全然通らなくて。その時にやぶれかぶれで戦国物を書いたら、評価していただけたんです。だから、時代物を書くようになったきっかけを聞かれると、「やぶれかぶれになったから」というのが正確な理由ですね(笑)。
サラリーマン当時、行田市出身の同僚が、「行田には忍城があって、石田三成が大軍を率いて、水攻めをした」と教えてくれました。大谷吉継(おおたによしつぐ)、長束正家(なつかまさいえ)といった関ヶ原のビッグネームの3人がそろって来ていたことに惹かれて、調べ始めました。それが「忍ぶの城」を書いたきっかけですね。
戦国時代は、日本人が面白かった時って感じがしますね。バラエティに富んでて。芸術も生き方も派手だし、武者がいて、忍者がいて、海賊がいたりして、画一的じゃない。今の日本人は、おとなし過ぎるんですけど、「元々は、もっとむちゃくちゃな人たちじゃないんですか」って暗に伝えたいと思って書いてます。
昔の時代を書くっていうのは、結局自分に通じてくる。その時代の考え方がこんな風に変化してきて、それで我々は今、こんな風に考えるようになったんですよ、といったことを、僕自身も考察したい。それを読者にも知らせて、「ね、面白いでしょ!?」と言いたいですね。
合戦シーンと水攻めシーンが楽しみですね。キャスティングも若者にこびず、プロデューサーが腹をくくってやっている感じがして。それでいて華やかな印象もいい。老若男女が観るような、豪華で壮大な映画にしてほしいですね。
書くことは難しい、一部の才能がある人にしか書けないと考える人がいると思いますが、それは誤解。「こういう才能を持っていないと作家にはなれない」ということはないんです。書く材料や内容は人それぞれ違うし、それによってオリジナリティが生まれるわけで。何はともあれ、批判や批評を恐れずに好きなものを書いて、それを世に問う方法を自分で考えることが大事です。
そして、一番大切なのは根気。例えば、のぼうの城では500枚くらいの原稿量になるわけで、それだけの量をまとめあげるためには、ある程度の根気が必要です。
際だった人間たちが好きで歴史物を描いているので、鎌倉時代や武士の始まりである平安時代末期までさかのぼって描くことがあるかもしれませんが、現代物は書くことはないと思います。埼玉には忍城以外にも城が存在して、何かしらのストーリーもあるでしょうから、再び埼玉を舞台に作品を書く可能性はあると思います。
埼玉県民は、郷土愛が強いなぁって印象がありますね。僕に忍城を教えてくれた元同僚も、ものすごく行田が好きなんですよね。そういう感覚は不思議な気がしつつも、大切にすれば一つの力になる気持ちなんだろうなぁと思いますね。
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